「うう…ん」
朝の光が部屋に差し込め、丁度窓側を向いていたリョーマは、その眩しさに目が覚めてしまった。
「…何時だろ…あれ?国光?何で?」
自分の隣で、布団を並べて手塚が眠っていた。
寝ている時も全く乱れる事の無い布団。
それに比べ自分は…。
「あ…きれい、だ」
珍しい事に、リョーマの布団は少し乱れていたが、何時もに比べるとかなり良い状態だ。
……もしかして寝相が悪い事、覚えてたんだ。
寝起きで働かない頭で、考えがまとまったようだ。
「そっか、直してくれたんだ。しかもここで寝てくれて」
嬉しいな。
初めて見る寝顔に、視線を外すことが出来ない。
「本当に整った顔だよね」
校内でもかなりの女生徒から人気がある。
部活の最中でも、じりじりと熱い視線を感じる時もある。
それは手塚に限った事では無い。
不二や菊丸、大石などの三年生には、特定のファンクラブが設けられているほどだ。
しかし、リョーマにも同じように熱い視線を送られているのだが、本人は全く気付いていない。
「手塚に対する熱い視線の元を見ている越前は、睨むような眼差しでいるな」と、データマンの乾に言われた。
きっと、そうだろう。
恋人が他人からの熱い視線を受けているなんて腹が立つ。
「…ジェラシーか…」
昨夜、手塚から聞いた話を思い出した。
「俺もまだまだだね…」
「……何がまだなんだ?」
寝ているとばかり思っていた相手から、リョーマの呟きに対する疑問が投げかけられた。
目を瞑ったままで、口だけが動いている。
「起きてたの?」
その問い掛けに、手塚はゆっくりと起き上がった。
リョーマはごそごそと布団から這い出して、手塚の布団の上に乗る。
「あぁ、おはよう」
「おはよ、国光……ん…」
2人は朝の挨拶とキスを交わす。
それは神聖な儀式のように…。
「でも、メガネ無しでも見えるんだ?」
唇を離し、互いを見つめ合う中、リョーマはちょっとした質問をしてみた。
「ん?まぁ…このくらいなら問題ないな」
「へー、そうなんだ」
それならどのくらい離れたら、見えなくなるのだろう?
「お前は視力が良さそうだな」
スポーツ選手として、視力の悪さは欠点の一つだ。
手塚や乾はメガネを掛けて試合をしているが、それがいつ弱点になるかわからない。
狙われたりしたら、それこそ試合を放棄しなければならないだろう。
「…まぁね、菊丸先輩ほどじゃないけどさ」
「あいつの動体視力は並じゃないからな」
初めて身体を重ねた朝にしてみては、なんとも色気のない会話だった。
「リョーマ、変な事を言ってもいいか?」
実に真面目な表情でリョーマに尋ねる。
「う…うん、いいけど」
リョーマは何だか良くわからなかったが、とりあえずコクリと頷いた。
聞き終えたリョーマは、ガックリと肩を落として、手塚の胸板をぽんぽん叩いている。
「そんなにガッカリするな」
「するよ…って言うか、ショックだね」
叩いていた手を止めて、今度はぽふんと凭れ掛かった。
手塚は優しくその頭を撫でる。
手塚の話はこうだった。
「行為の後で聞くのはおかしいかもしれないが」
「うん?」
手塚は少し困ったような顔で話し始めた。
こんな表情は、滅多に見せないのでまじまじと見つめた。
「お前はいつ精通を迎えたんだ?」
「は?…へ?」
突然の疑問は、リョーマの顔色を変えさせるのに充分過ぎた。
「この前、テレビで見たのだが…」
「うん…なに?」
赤くなった顔をそのままに、手塚の言葉を待った。
「男性は精通を迎えると、身体の成長が止まるらしい」
「え…」
「だからだな…」
口篭もる手塚にリョーマは、放心した様子で言おうとしている続きを自分なりに話した。
「…だから、身長が伸びないってコト?」
「……そうだ」
リョーマの頭の中には、ニヒヒと笑う菊丸や、データマンの乾の顔がぐるぐる回っていた。
「う〜、だから、あんまし背が伸びなかったんだ」
去年からホンの数センチしか伸びていない自分の身長。
成長期なのに、何故だろうと思っていた。
アメリカ育ちがいけなかったのか?
でもアメリカ人は背が高い…。所詮は『日本人』って事だ。
「あ〜、これで菊丸先輩には『おチビ』って言われ続けるんだ」
ヤだな…。
溜息を吐きつつ、リョーマはぶつぶつ文句を言い始める。
「…嫌なのに乾先輩に言われて牛乳飲んだりしてるのに」
心底嫌そうな表情だ。
「リョーマ…あまり2人きりの時に、他の男の名前を言わないでくれ」
「他の男って…自分の仲間じゃん」
手塚の言葉に呆れてその胸から離れた。
「昨夜も言っただろう。俺は嫉妬深い、とな」
「国光って本当に…」
くすりと笑うリョーマを、手塚は手を伸ばし、再び自分の胸の中に収めた。
「まぁ男の嫉妬は醜いと言われているけどな…」
「…何それ?女の嫉妬ならイイワケ」
ごもっともな意見である。
女の嫉妬ほど恐ろしいものは無い。
「どちらにしても、俺はお前に対しては、普通ではいられないんだ」
大きな目を更に大きく見開き、ついにリョーマは声を上げて笑った。
「嬉しいよ。そんなに想ってもらえて」
嬉しさのあまり力一杯抱きついて、2人してベッドに倒れこんでしまった。
リョーマから、手塚の顔の至る所にキスを贈る。
「国光、越前君。起きているの?」
このまま昨夜の続きが行われるかと思ったが、襖の向こうから聞こえてきた彩菜の声にぱっと身体を離す。
「はい、起きています」
時計を見れば、八時だった。
「お食事はどうするの?」
「はい、頂きます」
リョーマもコクコクと頷いている。
「それなら、着替えて来てね」
それだけを伝えると母親は部屋から遠ざかって行った。
「…ちょっとビックリした」
「そうだな」
2人はもう一度だけキスを交わすと、着替えを始めた。
日曜日、手塚とリョーマはとても幸せな気持ちで過ごしていた。
次の月曜日、昼の休憩時に手塚は不二を呼び出した。
「何?珍しいね」
誰もいない屋上で、2人は向き合っている。
「言っておこうと思ってな」
手塚は自分の想いの深さを、真剣に不二に話した。
聞いている不二の方も、すごく真剣な顔付きだ。
「そうなんだ、でも僕も言ったよね。諦めないって」
たとえ、リョーマが手塚を選んだとしても、不二は諦めないと決めた。時間が掛かってもいいから、いつかリョーマを自分に振り向かせてみせる。
「あぁ、覚えている」
「…それならいいんだ」
手塚の返答を聞くと、不二はそのまま手塚から視線を外し、屋上から姿を消した。
「諦めない…か…」
「れ?部長じゃないっスか」
不二が屋上から消えた後、手塚はフェンス越しに外を眺めていた。
それを見つけたのは、愛しい恋人。
「越前…」
校内での二人きりの時は、必ず先輩と後輩の呼び方をする。
いつ誰が来てもいいように。
帰りの部活で2人きりの部室からは、お互いの名前を呼び合うのが常だ。
「珍しいっスね、何してたんスか?」
「不二に話しておいた…俺の想いを…な」
「…ふーん、そうなんだ」
とことこと近付き、その腕にきゅっとしがみ付く。
「…おい、校内だぞ」
「いいじゃん、たまには」
悪戯な目付きで手塚を見つめる。
「仕方ないな…」
その髪を優しく撫でながら、手塚はそっとその身体を引き寄せた。
屋上にやってくる生徒なんてほとんど居ないだろう。
いや、居ない。
なぜならここは立ち入りを禁止されている場所だからだ。
鍵は常に掛けられていて、何人も入る事を許されない。
そしてその鍵は、歴代の生徒会長が預かっているのだ。
生徒会長である手塚は、この恋人に頼まれて、合鍵なるものを作ってしまった。
まったく恋人には甘い男であった。
だから、ここにやってくる人間は限られている。
手塚はフェンスに凭れるように座り、自分の膝に跨ぐようにリョーマを座らせた。
珍しい手塚の行動に、リョーマは頬を赤らめた。
「風が気持ちいいね」
「そうだな」
「国光と一緒だから、とても気持ちイイ」
嬉しそうな笑顔を手塚に向けると、その胸に頬を寄せる。
まるで、猫がごろごろと主人に甘える仕種だった。
「そうか…」
自分に甘える恋人があまりに愛らしくて、無意識に口元が緩んでしまった。
そのまま、その背中を両腕で優しく抱き締める。
長い昼休みの間、2人は爽やかな風の中で抱き合っていた。
これからもずっと一緒にいたいと思う気持ちは、2人ともが同じだった。
嫉妬深いこの恋人と付き合うのはとても大変だけど、好きなんだから仕方ないよね。
でも、コレだけは覚えておいて、俺だって結構嫉妬深いんだよ。
言わないだけで。
不二先輩や菊丸先輩を冷たくあしらうコトだって本当は出来るんだよ。
でも…こうして嫉妬してくれるのが嬉しいなんて思っている俺をどう思う?
言えないけどね。
だって俺も国光が本当に好きなんだから、絶対に離さないから覚悟しておいてよね。
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